2017-07-05 (Wed)
こんにちは。
「ガイア・アセンション」シリーズより、
そなたの中心におる わたしをつかむ時ぞ―創造主」をご紹介いたします。

リンクはこちらになります。
   ⇒そなたの中心におる わたしをつかむ時ぞ―創造主

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(17/07.05) そなたの中心におるわたしをつかむ時ぞ―創造主

(Q) 小松様

こんにちは。

創造主よりの、新たなメッセージでございます。

 

 ▶新しい生命―創造主

 

どうぞよろしくお願いいたします。

 

(A) 拝見しました。

ありがとうございます。

 

今回は創造主から2つのメッセージが相次いで送られてきていますが、私は2つ目のメッセージの最後のパラグラフから最も強い印象を受けました。

 

――おもいを わたしに向けるだけで良いのだ
求めてくれたら 良いのだ
待ち望む わたしのおもいを忘れぬ様
心掛けてくれたら どれ程 嬉しいことか
そなたの中心におる わたしをつかむ時ぞ

 

さらっと読めてしまう簡潔な言葉の行間に、惑星地球(テラ)で生を営む全人類に対する創造主の深い想いが、にじみ出ていると思います。

これは、「真の親」である創造主だからこそ言えることでしょう。

 

創造主は、分霊である「そなたの中心に」いつも在られて、その思いも行動もすべて把握されているものの、当のご本人は物質界の「幻想ゲーム」にはまり込み、自分の本質も親元のことも完全に忘れてしまって、連絡すらしてこない。「生みの親」として、これほど気懸りなことはないでしょう。

もし「わたしのおもい」に気づき、どんな形であれ、それを本心から伝えてくれたなら「どれ程 嬉しいことか」とおっしゃっています。

 

これによって創造主が、地上世界で事毎に敵味方に分かれ「幻想ゲーム」を繰り広げている人々に対して、それが「光であれヤミであれ」、「だれひとり分け隔てなく同じように気に懸けており愛している」と繰り返し言われてきた主旨が、判然とするのではないでしょうか。

「創造主の分霊でないものは宇宙に存在しない」という真実を、当然の前提としてですが。

 

――そしてほとんどの人がそれはゲームだということを忘れて、そのような情熱やコミットメントを携えてそれぞれの役割を担っています。しかし、どんなものでも良いゲームなら、そうしたものではないでしょうか?

あなた方は、考えつく限りの嗜好を総動員して、あたかも他には何も存在しないかのように、最大限に楽しみながらゲームに打ち込みます。実際にその時は、他には何も存在していないのです。

まさにそれが、あなた方がこれまでやってきたことであり、あなた方一人残らずそのようにやってきたのです。

そして私はこのゲームを、驚異と喜びをもって観てきました。私のこの上なく美しい創造物によって、それほどまでの情熱を持ってプレイされているこの生命のゲームを観てきたのです。創造主 アセンションと2012年を語る

 

しかし、今は「帰郷の時」です。

 

――それはすべてゲームだったと気づく、今がその時であることを知ってほしいのです。あなた方はそのゲームから目覚めつつあります。そして、皆を目覚めさせ、故郷に帰り、共に祝う、その時がやってきたのです。(同上)

 

そこで、上で言われている「おもいを わたしに向ける」には、また「そなたの中心におる わたしをつかむ」には、具体的にどうすればいいのか、ということになります。

それは当然ながら各人各様であっていいでしょうが、ヒントの一つとして、よく言われる「自らの内心に分け入る」というのは、常に「そなたの中心におる わたし」に想いを向けると読み替えると分かりやすいでしょう。

そして例えば、「・・・していただいてありがとうございます」というような、自分なりの創造主への感謝の言葉を3つ用意しておいて、水でも何でも飲み物を口に運ぶ際には、「そなたの中心におる わたし」に向けて(声に出して、または声を出さずに)伝えることを習慣にするわけです。

これを繰り返しやっているうちに、段々と本物になってくるでしょう。

 

以下は、今回の2つのメッセージの、その他の箇所についての感想です。

 

1.最初のメッセージあらたなる旅立ちに向けて

 

全体として印象的な点は、次のように各人の主体性を強調されていることです。

 

――自主性を持ち そっせんして歩を進めることが
何よりも 大切なことと思っておる

――おのれの意思を持って求むるなれば
その熱き求めに応じよう

――みずから 求め 意思表示をし
わたしの元に集い来て あらたなる旅立ちを始めようではないか


つまり、グル(導師)や教祖などの言うことに唯々諾々と従うのではなく、自分なりの判断を持ち、それに従って行動しなければ何事も始まりませんよ、と言われているようです。

 

――多くの人たちがコミュニティとして集い、より良い生き方を希求することについて話しています。それは何も悪いことではありませんし、私はそれを励ましはしますが、でも間違えないようにしてください。皆さんが話しているグループレベルでの選択では、物事はあまり変化しないでしょう。
大切なことは、いま現在とそのエネルギーがやってくる瞬間との狭間(はざま)にあるこの時点での、各個人の選択なのです。それは限りなく個人的な選択であって、どの国の者だとか、どのコミュニティに参加しているとか、どんな組織に属しているかとか、またどんな宗教、どんな規律を学んできたかとか、どんな知識を持っているとか、そういったことは一切関係ないのです。それらすべては無に等しいものです。
必要なことは単に、あなた方の誰もが必ずやらなければならない個人の選択です。そして意思を決めるのに必要な情報は、一人残らず与えられるでしょう。
アセンションは純粋に個人の旅です―創造主

 

また、次のパラグラフも印象的でした。

 

――そなた達と共におる わたしからの発信が
魂をゆさぶり 心をゆり動かした時
天の原点に立ち返り 新しい生命の育みを始めた実感を
つかむことができるであろう
わたしと ひとつになれるであろう

 

ここに言われる「わたしからの発信」は、今回のメッセージのように人類一般に対するものと、「そなたの中心におる わたし」からのもの、つまり限りなく個人レベルのものとが考えられます。

いずれにしても、「魂をゆさぶ」られ「心をゆり動か」されるタイミングは、誰にとっても必ずやってくるはずですが、絶えず変転する個人的な状況や「わたしからの発信」の内容などに微妙に依存し、非常に大きいバリエーションがあると思われます。

もちろん、すでに日常的にそれを体験されている方々も少なくないでしょうし、「幻想ゲーム」や「唯物思想」に強く囚われて、今のところは、それどころではない人々も多々いらっしゃるでしょう。

したがって創造主は、「わたしの造りたまいし みたま達が」、ひとり残らず「わたしの念(おも)いを 深く汲み(とる)」時が来るまで、様々な角度から、限りなく多様な表現を用いてメッセージを送り続けられるでしょう。

「その日」が来るまでに、全員が「わたしと ひとつになれる」ように。

 

2.次のメッセージ時をつかむ

 

ここでは、次の箇所を省くことはできません。

 

――地球上に起きている事象を 目の当たりにした時
納得のいかない 理不尽なことに未来を悲観してはおるまいか
人の心が 愛を忘れたように行動する姿を見て
本当に 神の造りし魂の持ち主であろうかと
疑いの目を向けてしまうことがないであろうか

さように わたしへの信頼を持ち続けることが
厳しい現実としてあると言えよう

世界の現状、そして日本の現状に照らせば、「厳しい現実としてある」ことに共感される方が多数いらっしゃるのではないでしょうか。

そして、創造主が隅から隅まで実情を把握され、「人類の苦境」をよく認識されているという感想を持つ方も少なくないでしょう。

そこから、どうして創造主は、例えば「納得のいかない 理不尽なこと」や「人の心が 愛を忘れたように行動する姿」を放置されるのか、是正されようとしないのか、という疑問が湧いて出ることもあるでしょう。

 

それに対する回答の一端が、次で与えられているようです。

 

――わたしの目となり 耳となりし子等よ
そなた達は 気付くことがあろうか
そなた達を通して わたしも学んでいることに

――人智の及ばない創造の力は
宇宙の進化と安定を成し遂げている

創造の根本原理は、絶え間のない変化を通じて宇宙を進化させていくことで、創造主は、自らの創造物の全体験を同時体験しながら自分自身も進化していく存在です。

もし創造主が、個々の創造物の行動を一つひとつ規制したとすれば、創造主としては何も受け取るものがなく、「そなた達を通して わたしも学んでいること」が不可能となり、創造主自身は「進化が止まってしまう(そして宇宙の摂理が機能しなくなる)」でしょう。

 

このような構造の背後にある「創造の力(神の力」によって、「宇宙の進化と安定」が「成し遂げ」られているのでしょう。

ここで大切なことは「進化」に併せて「安定」も達成されることで、「変化」が「暴走」を引き起こさない仕組みがあることです。それによって、私たちは無暗に心配しないで、流れに委ねるだけで大丈夫だという「保障」を与えられているようです。

ちなみに、「創造」という行為に関する創造主の立場については、次が参考になります。

 

――そのように、彼らは皆、すべての創造に責任を持つ存在の指揮の下で働きました。その存在は、神といった名で呼ぶことができます。この中心的な創造の力をなんと呼ぶかは問題ではありません。ここでは神という言葉を使いましょう。神が法則を創り、その法則の一部は物理学と関係があります。あなた方が科学と呼ぶ、その他の分野もあります。気体は粒子とどのように作用するのか、気体はどのようにして集積したり凝固したりするのか、あるいは分解したりして、形を変えるのか。例えば、氷の塊を例に挙げましょう。それはある時点でどうして水なのか。温度を変えるとなぜ水は氷になるのか。このように、創造主は一定の法則を決めましたが、これは物理法則、感情の法則、精神の法則をカバーしています。そして、そうした法則の範囲内で創造的なプロセスを使うことを許可します。神はそうしてすべてを創ったのであり、魂はこの創造主の小片です。こうした魂たちは、創造主の潜在的な能力を使い、創造を行うことが許されています。これが進化なのです。

 

進化するすべてのものは、何らかの形で神の許しを得ています。あなた方にはこれは理解しにくいかもしれませんが、神というのはどこかで玉座に座り、あなた方が目にするすべての側面を創造しているわけではありません。むしろ、神の前で計画が示され、神が許可を与えます。こうした個々の人々つまり個々の魂は、自然法則と考えられている、従うべきこの手引きを使って、自分のアイデアを生み出し、自分の創造物を生み出します。そして神はこのすべてを楽しむのです。神はそれに参加しています。神はそれを見、それを承認し、それがよいものであることを実感します。ガイアからのメッセージ②

 

また、次のパラグラフも印象的です。

 

――創造の光に照らされし テラの住人
光に照らし出され 明るみにされし おのが身魂
わたしは そこにたまった すすや垢(あか)を
ひと吹き ふた吹きで振り払い 元の水晶の身魂に戻しておる
ひとえに あらたな生命を 生きて欲しいからに他ならない

 

私たちが何も知らないうちに、創造主は、私たちの「身魂」を「光に照らし出」されて、「そこにたまった すすや垢を ひと吹き ふた吹きで振り払い 元の水晶の身魂に戻して」下さっているようです。「ひとえに あらたな生命を 生きて欲しいからに他ならない」というご主旨で。

私たちの過去生や今生でやって来たことを思い浮かべれば、誰でも「そこにたまった すすや垢」は、相当な量になるでしょう。創造主の「ひと吹き ふた吹き」が心身に完全に浸透するのは、一朝一夕では済まないではないでしょうか。

そこで思い浮かぶのは、「最近は無性に眠くなることがある」と言われる方が多いことで、そのような「心身の浄化」が進んでいるためではないかと私はみています。睡眠中のほうが、そうような浄化に都合が良いとみられるからです。

少しの空き時間でもうまく活用して、慣習や体面などにお構いなく、積極的に睡眠をとることをお勧めしたいと思います。

 

今回のメッセージを全体としてみれば、現時点でどのような立場や境遇に自らを置いているかに関係なく、すべての人類が目指すべきものは、創造主の采配に従って「帰郷」すること、つまり「地球の新時代」へわが身を投じて「永遠の命」を得ること。――それを「選択しなさい!それで済むことです」と、改めて強調されているようです。

人類にとって、それが最大の、そしておそらく唯一の前途への希望だということを、これまで無意識に「幻想ゲーム」に浸ってきたことを自省した上で、銘記することをお勧めしたいと思います。

 

(Q) 小松様

こんにちは。

この度も懇切丁寧なご見解をお送りくださりありがとうございます。

 

常に進化してゆく宇宙の中にあって、今、私たち一人ひとりが「いのち」の存在意義について真剣に向き合い、“創造の真理”を強く追い求めてゆかなければならない時に至っていることを改めて痛感しております。

 

今年の初めには、創造主より、

 

 新しく生まれるために
 わたしの子等は メッセージを熟読がんみし
 日々の精進を続けてくれておるか

 わたしは ひとしく 愛を注ぎ 導くことに変わりはない
 わたしの子供として わたしの元へ立ち返ってくることを
 一日千秋のおもいで待っておる

 

とのお言葉がございました。

4月に示されました「源はたったひとつ―創造主のお言葉」にて、

 

 宇宙にあって 源は たったひとつ わたしのおもいあるのみ
 そのおもいを 世界のメッセンジャーを使って伝えておる
 わたしの 計画せし天国が目睫(もくしょう)に迫る今
 全宇宙 ひとつのおもいに帰郷する
 それが 最終章の幕開け

 

とお伝えくださいましたように、今という時代は、心眼を持って情報を見極めることは必須ではありますが、求めさえすれば、“宇宙の源である創造主のおもい”に出会わせていただけるように、さまざまに道が開けているように思います。

 

そなたの中心におる わたしをつかむ」ための第一歩として、小松様のおっしゃる「飲み物を口に運ぶ際に感謝の言葉を伝える」という方法は、良い訓練になりそうですね。

 

わたしの場合は、毎朝、起床した時に、「おはようございます。今日も一日、大神さまと共に生かさせていただきます。よろしくお願いいたします」と、ご挨拶をさせていただき、就寝前にも、一日の感謝、意思表示や祈りをさせていただいております。

対話の際には、“創造主”であられる存在を、“神さま”ですとか、“大神さま”と呼ばせていただいております。

 

日中は、例えば、道を歩いていて、きれいなお花を目にした時に、「あ、きれいなお花!」と瞬間的に思うわけですが、その後に、「…ですね、大神さま」などと、言葉を続けるようにしております。

そうした時は、心の中で思うのみのことが多いですが、声に出して、ひとり言のようになる時もあります。

人間同士のように、必ずしも “ことば” でのお返事があるわけではないのですが、常に私たちの心の中心に在られて、すべてを把握してくださっているとのことですので、必ず通じ合えていることと思います。

 

食事の前後は、特に感謝をお伝えする良い機会ですね。

自然の恵みをお与えくださる大神さま、たくさんの生命を育んでくださる母なる地球テラ、自然界の精霊さん、生産者や運送、お店の方々など関わり合う多くの方々へと想いが広がり、繋がりを感じることができます。

食事中にも、「美味しい」と感じましたら、「…ですね、神さま」と、共に楽しませていただくことを意識しています。

 

その様に、何かにつけて、自身の心の内側に語りかける形にいたしますと、「おもいを わたしに向ける」機会も増えてゆくように思います。

「ネットを見よう」とする時にも、「大神さま、ネットを見させていただきます」というような感じです。

 

日常での「神との対話」の上では、あまりかしこまりすぎずに、自然体で良い様に思うのですが、失礼にならないよう、「神の子としての学び」でお伝えいただきました、「美しき 〝 ことば 〟 の使い方立ち居振る舞い」を身に付けさせていただくことが、とても大切であるように感じております。

 

また、不安な気持ち、心配事、悲しみ、疑念、恐怖心など、負の想いが湧き上がる時には、「辛い、悲しい」などと一人でおもうのではなく、「大神さま、辛くて、悲しくて仕方がありません」と、受けとめていただき、そして、「このような想いをメシヤの御名にあって神さまにお返しいたします」と、委ねさせていただきましたら、すべてを赦され、救われた光の中へ溶かしてくださり、段々と天国の境地へ引き上げてくださるように受けとめさせていただいております。

 

 

創造主(主神)のお言葉より

 

 見聞きしたものは それらすべてをわたしに返して欲しい
 わたしの名を メシヤを通して唱え
 目の当たりにしたことをゆだね 感謝でしめくくるが良い
 さすれば それは 赦され 救われたものとみなされ
 永遠に光り輝く命として 天国に籍をおくこととなろう

 

    〔「大いなる歴史の節」を迎えさせていただくために

    〔祈りの文言―理想世界の実現へ向けて

 

この度の、

 

 おのおのに流れ込む そうした思いは
 あたかも おのれのみが 感じて 受けとめているようだが
 常に わたしが言う様に
 おのおのに繋がった 全てのもののおもいが表われておる
 心のひだに刻まれし 幾多の人生
 関わり来たった 多くのものも共に

 

とのお言葉には、自身の心模様には、「おのれのみ」のものではなく、人類の集合意識にある想いが浮上してくるため、

 

人類を代表して、わたしの名を メシヤを通して唱え 目の当たりにしたことをゆだね 感謝でしめくくって欲しい

 

というおもいが込められているように感じております。

ご先祖様の想い、過去生で刻まれたもの、因縁の深い方々の想いも含めて、とおっしゃっているようです。

 

ここ数年、進化に向けて注がれている光の影響を受けて、私も「無性に眠くなる」という反応をたびたび経験しております。

しばらく眠気は落ち着いていたのですが、この一週間くらいでしょうか、とても眠く、身体が熱く感じております。

新しい生命の育み」とのお言葉がございましたが、進化、成長の時には、赤ちゃんのように、たくさん睡眠が必要なのかもしれませんね。

そのような時は無理をせずに、出来る限り休息や睡眠を優先させていただいております。

 

 ――神は光そのもの
 光 それは すべてを生かし 進化させ成長を促す

 

 ――光を求めよ
 光をめいっぱい浴びよ

 わたしに すべての照準を合わせ よみがえりを図るがよい

 

    〔まほろばの光―創造主

 

より一層、光も強く高まる中で、「ひと吹き ふた吹き」とお浄めをいただき、心身にも人それぞれの形で様々な影響が出てくるように思われますが、「水晶の身魂に戻して」くださっていることに感謝を捧げ、神との対話、委ねることを実践させていただき、心安んじて日々を歩んで参りたいと思っております。

 

天国への帰郷に向けて、取り組むべきことが色々とございますが、内なる神と共に在って、ひとつひとつの物事に、ゆったりと、じっくりと向き合い、「わたしからの発信」を自分なりに深く感じ取らせていただけるよう、感性を研ぎ澄ましてゆきたいと思います。

 

【関連】

わたしに照準を合わす―創造主




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                 [以上 「ガイア・アセンション」シリーズより転載]

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